数週間前、ドドドっと喪中のお葉書が届きました。

毎日、郵便受けを開けるたびに1枚2枚と見つかる喪中はがき。

 

外出先から戻ってきた冷たい体にそれが沁みます。

あぁ、私もそういう連絡をもらう年代になったんだなぁと、

いつまでもみんなが元気なわけではないなぁと、

しみじみ文面を読みながら、

煎茶を淹れ、厚手の靴下を履いて

暖かい部屋でよもぎまんじゅうをもぐもぐ食べています。

私はどうも幸せです。

 

マナーは守りたいですし、大切な人を亡くされた方の悲しみは

私には想像の及ばない辛い事だと思うのですが、

喪中によって年賀状や正月のお祝いが出来ないことは、

個人的には寂しい事のような気がします。

 

仕方のない事ですが、ただでさえ年賀状のやり取りが減る中、

喪中が増えれば、次に年賀状を出すタイミングも

比例して減る事になると予想できます。

 

今年、私は有名なお坊さんと牧師さんのお話を

それぞれじっくりと聴く機会があったのですが・・・

話を聞いていて素直に受け入れられないことがありました。

修行をされているお坊さんや牧師さん、

宮司さんは皆立派な人に決まっていると思っていたため

この違和感には自分で非常に驚いたのですが、

ふと冷静に考えればそりゃそうかと。

 

どうせその人たちでもわからないこと(分かり合えない事)がある世の中ならばいっそ、

人は何事も難しく考えすぎず、辛いことなら頑張りすぎず、

悲しい喪中も絶望しすぎず生きていられたらいいなぁと。

 

私クリスチャンでは全然ないのですが、

大切な人が死んで悼む気持ちはあっても、

クリスマスがやってきて、JOYやLOVEがある文化は

なんだか救われるような気がします。

 

喪中の皆様、お悔やみ申し上げます。

新年のご挨拶は控えさせていただきますが

どうか寒さに気をつけてお体ご自愛ください。

私は皆さんの分までよもぎまんじゅうを

この世で今、美味しく頂きました。とてもおいしかったです。

 

喪中考察 ft. よもぎまんじゅう

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